—この題材について初めて知ったきっかけは何ですか。また、映画にしたいと考えたのはなぜでしょうか。制作にあたってどんな準備をしましたか。
これはもともと、マイケル(製作マイケル・マン)とドン(脚本ドン・フェラローン)が数年温めてきた脚本だった。多くの監督の手に渡り、その中で様々な肉付けがされていったものなの。私がこの物語を世に出したいと思ったのは、脚本に添えられていた調査レポートを見たから。それは新聞記事で、問題のエリアの地図に各遺体発見現場の位置を示し、そのそばに被害者たちの写真を載せてあったわ。映画では、実際にその地図をブライアンのオフィスの壁に再現したんだけど(もちろん、実際の被害者の写真は除いてね)、私が衝撃を受けたのは、犠牲者が60年代後半から現在まで発見され続けているということ。つまり殺人犯は1人じゃない。その場所には、あらゆる時代のあらゆる人間に、犯罪を実行し、犠牲者の遺体を捨てることがもしかしたら自分にも可能だと感じさせる、一種の犯罪への普遍的誘惑があったのだと思う。それでこの物語なら、観客の感覚に真っ向から訴えかけるような興味深い方法で、とても重要な問題提起ができるかもしれないと感じたの。準備という点では、物語のあらゆる側面について可能な限りのリサーチを行わなければならかったわ。ロサンゼルス郡保安官事務所の殺人課の刑事たちにも話を聞いたし、ロサンゼルスの死体安置所にも行った。テキサスシティにも滞在し、ルイジアナ州のアンゴラ刑務所も訪問したの。それからサム、ジェフリー、ジェシカにも、ほぼ同じ体験をしてもらった。クロエ、ジェームズ(ユージン役ジェームズ・ヘバート)、シェリル(ルーシー役シェリル・リー)には薬物中毒者の保護施設に行き、元常習者との対話を通して薬物使用について学んでもらったわ。ジェイソン(ルール役ジェイソン・クラーク)は、テキサスシティで元性犯罪者と接触し、彼らの現実に対して理解を図った。題材となる出来事や物語の舞台は現実のものだから、私も俳優たちも事実を尊重したかったの。そのために、可能な限り理解を深めようと努めたわ。
—特徴あるキャラクターを演出するにあたって、どのようなテクニックを用いましたか。たとえば、ルーシーは観客が同情すべきかどうか迷うような女性ですし、アンは年齢の割にかなり大人びています。どのような工夫を通して、これらを表現したのですか。
それに関しては、素晴らしい洞察力と才能を持ったキャストに恵まれことが幸運だったわ。それぞれのキャラクターの細かなニュアンスまで表現できたのは、すべて彼らのおかげよ。ルーシーに対する私のイメージを言うと、きっとある時点までは将来への希望と期待に満ちた美少女だったんだろう、という感じ。シェリルはその辺りを本当に上手に表現してくれた。私たちがスクリーンで見るのは、現在の女であり母であるルーシーなのに、時折、少女だった時の面影が垣間見えるの。アンは確かに年齢の割に大人びているけど、物事を批判的に見る力に欠けている。クロエは、その部分を本質まで理解して演じてくれたわ。観客は、アンが自分の置かれた境遇の酷さにまったく気づいてないように感じるはずよ。もしそう思えなければ、彼女に強く共感することはできないはず。
—この映画を見た観客にどんなメッセージを伝えたいですか。
私たち誰もがボンヤリしてちゃダメってことね。